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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)871号 判決

上告人

灘製菓有限会社

右訴訟代理人弁護士

寺本直吉

石橋利之

右訴訟代理人弁護士

大野晋

被上告人

宮原欽吾

右訴訟代理人弁護士

熊谷誠

若林秀雄

右訴訟代理人弁理士

関本賢治

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人寺本直吉の上告理由二について。

旧実用新案法施行規則二条は、出願者に対し説明書の記載事項の一つとして、「登録請求ノ範囲」を記載せしめることとしているが、これは、出願者自らが当該考案の及ぶ範囲として主張するところを明らかならしめんとする趣旨に出たものである。従つて、実用新案権の効力の及ぶ範囲が問題となつた場合、右「登録請求ノ範囲」の記載をもつて判断の有力な資料となすべきことはいうまでもない。しかし、出願者は、その登録請求範囲の項中往々考案の要旨ではなく、単にこれと関連するに過ぎないような事項を記載することがあり、また逆に考案の要旨と目すべき事項の記載を遺脱することもあるのは経験則の教えるところであるから、実用新案の権利範囲を確定するにあたつては、「登録請求ノ範囲」の記載の文字のみに拘泥することなく、すべからく、考案の性質、目的または説明書および添付図面全般の記載をも勘案して、実質的に考案の要旨を認定すべきである。また、出願当時すでに公知、公用にかかる考案を含む実用新案について、その権利範囲を確定するにあたつては、右公知、公用の部分を除外して新規な考案の趣意を明らかにすべきである(昭和三七年一二月七日第二小法廷判決、民集一六巻一二号二三二一頁参照)。

いま本件についてこれをみるのに、被上告人の権利に属する登録実用新案(以下本件実用新案という。)たる「液体燃料燃焼装置」の説明書中「登録請求ノ範囲」の項には、廻転しない燃料排出口(6)および廻転しない案内皿(5)の記載がなく、また「実用新案ノ性質、作成及効果ノ要領」の項の説明に徴しても、燃料排出口(6)および案内皿(5)が廻転しないことをもつて考案の要旨とする旨の記載が見当らないとしても、右「実用新案ノ性質、作用及効果ノ要領」の項の中に「燃料は排出口(6)から案内皿(5)を伝つて受皿(4)上に滴下し」との記載があり、その図面にも廻転しない燃料排出口(6)および廻転しない案内皿(5)が表示されていることは、原判決の認定するところであり、また、本件実用新案は、強制送風により受皿(4)を高速廻転させ、その遠心力と風力とによつて液体燃料を霧化させることを目的とするものであるところ、廻転皿および噴油孔を廻転し、廻転皿に小孔を設けて下方から空気を導入する燃焼器の構造は、本件実用新案の出願前すでに特許第一〇六〇五七号により公知となつていたことは、記録に照らして明らかである。従つて、本件実用新案において、右燃料排出口(6)と案内皿(5)の存在は、燃料霧化にとつて欠くべからざる構造上の要件であつて、本件考案の要旨の一部をなすものであり、その新規性は、前記公知の部分を除外して特殊の考案と目すべき廻転しない燃料排出口(6)および廻転しない案内皿(5)にあるものと認めるのが相当である。

されば、叙上と異なる趣旨に出た原審の所論判断は、本件実用新案の要旨を誤認した違法があるものというべく、論旨は理由あるに帰し、原判決は、これを破棄することとする。

同上告代理人のその余の上告理由並びに上告代理人石橋利之の上告理由第一点および第二点について。

(イ)号図面およびその説明書に記載された「廻転式重油燃焼装置」は、強制送風により套管(8)と小皿(17)および燃焼皿(6)を高速廻転させ、噴油孔(15)から噴射された液体燃料を右套管(8)の拡散孔(16)の廻転と小皿(17)および燃焼皿(6)の遠心力と風力とによつて霧化するものであつて、その考案の要旨は、器台(1)の中央に、上部を円錐(4)としその下部に噴油孔(15)を設けた油管(5)を垂直に固植し、噴油孔(15)に合致するよう拡散孔(16)を設けた套管(8)を、円錐(4)を支点として廻転自在に油管(5)に冠挿し、円筒形側壁(2)の上方延長線上に位置する多数の通風孔(11)を有する燃焼皿(6)と、その上に重ねた小皿(17)とを套管(8)の上部に、プロペラ形風車をその下部にそれぞれ定置した点にあること、原審の認定するところである。また、上告人は、抗告審判以来、本件実用新案は受皿(4)が燃料排出口(6)から滴下された油を受けてその高速廻転に伴う遠心力と風力とにより油を霧化させるのに対し、(イ)号図面およびその説明書記載の考案にあつては、油管(5)の噴油孔(15)から圧力によつて噴射された液体燃料がその外側にあつて高速廻転する套管(8)の拡散孔(16)により相当程度第一次的に微細化され、その一部は廻転する小皿(17)に激突することによつて再微化され、さらに、燃焼皿(6)で、右小皿(17)の上周縁を超えて直接燃焼皿(6)に飛散した燃料とともに、遠心力と風力とによつて霧化が完成されるものであつて、両者の間には燃料霧化の構造および作用効果の点において顕著な相違があると主張していることは、記録に徴してこれを看取することができる。しかして、若し上告人主張のごとき相違が存するものとすれば、(イ)号図面およびその説明書記載の考案は、本件実用新案と同様、強制送風によつて廻転皿を高速廻転させ、その遠心力と風力とによつて液体燃料を霧化させる装置であつて一部類似した構造を有するものであるとはいえ、本件実用新案とは考案の主たる要旨を異にするものであるから、本件実用新案の権利範囲に属するものとはいえないはずである。しかるに、原審が上告人の右主張事実の有無を精査することなく、漫然、本件実用新案と(イ)号図面およびその説明書記載の考案とを比較すれば、両者はともに、強制送風によつて廻転皿を高速廻転させ、皿の上に滴下した燃料を遠心力と風力とによつて霧化させるものであつて、ただ前者にあつては右の廻転皿が受皿(4)一枚であるのに対し、後者にあつてはそれが小皿(17)と燃焼皿(6)の二枚からなつているという構造上の相違はあるが、燃料霧化の作用効果の点においては異なるところがないと判示して、たやすく上告人に不利な判決をしたことは、審理不尽または理由不備の違法をおかしたものといわざるを得ない。

されば、論旨は理由あり、原判決は、この点においても、破棄を免かれず、さらに上告人の前示主張に対する審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官柏原語六 裁判官石坂修一 横田正俊 田中二郎)

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